兵庫教育大学・鈴木正敏教授 インタビュー | 取材・文=キッズアート編集部 | 取材 2026年7月
あなたも子どもの頃、一生懸命描いた絵を、いつの間にか捨てられていて、ちょっと寂しかった——そんな記憶はありませんか。
「かわいいけど、正直かさばる」。子どもの絵に、そう感じるのも自然なことです。でも、その一枚には、思っている以上に大切な意味がありました。
今回のテーマは、“なぜ、子どもの絵を残すのか”。幼児教育の専門家・鈴木正敏教授(兵庫教育大学)に伺うと、答えは意外なところにありました。——子どもの「自己肯定感」です。
この記事の要点(30秒でわかる)
- 自己肯定感とは「自分は自分でいい」と思える感覚。今の教育で最重視される「非認知能力」の核。
- 日本の子どもは、この自己肯定感が国際比較で極端に低い。
- それを支えているのが、実は「過去」。自分の歩んできた道のりが残るほど、「今の自分」が揺らがない。
- 過去を残せなかった子に、実際に起きたこと(本文で紹介)。
- 効いてくるのは、10年後の「思春期」。ちゃんと脳科学的な理由があります。
自己肯定感って、そもそも何ですか?
―― ここ数年、子育てで「自己肯定感」という言葉をよく聞きます。そもそも、何のことなのでしょう。
ひとことで言えば、「自分は自分でいい」「自分のことが好き」と思える感覚です。
教育の世界では、読み書き計算のような力(認知能力)に対して、「非認知能力」と呼ばれ、今もっとも大切にされている部分なんですね。学びに向かう力とか、人間性とか、そういう言い方もします。
―― 昔は、読み書き計算のほうが大事にされていた印象です。
そうなんです。でも、今の学習指導要領——幼稚園や保育所の指針も含めて——では、その非認知的な部分が“核”ですよ、と言われるようになりました。知識・技能、思考力・判断力・表現力、その上に「学びに向かう力・人間性」。この3つを育てる、と。もう20年ほど前に打ち出されて、改訂のたびに、ますます重視されています。
そして、その「人間性」の土台にあるのが、自分のことが好きであることなんですよ。
💡 用語メモ|非認知能力とは
意欲・自信・粘り強さ・自分を大切に思う気持ちなど、テストの点数では測れない力のこと。学力(認知能力)を支える“土台”として、今の教育で重視されています。
―― なぜ、それがそんなに大切なのですか。
自信があって、「これをやりたい」と思ってやっている時、子どもは本当に力を出すんですよ。逆に、人に言われてやる勉強は、なかなか身になりません。
「自分はこれが好きで、これのために生まれてきた」——そんなふうに思えたら、子どもは前に進めるんです。
日本の子どもは、自己肯定感が低い
―― 日本の子どもは、自己肯定感が低いと聞きます。本当でしょうか。
本当です。しかも、国際比較で見ると、断トツで低いんですね。いろんな調査がありますが、そこはどうしても、日本が際立って低く出ます。
私はアメリカにも5年ほどいたのですが、あちらの子は、「これは苦手だけど、これは得意」ときちんと言えるんです。ところが日本の子は、「できない」は言えても、「得意」がなかなか言えない。問われても、出てこない。
―― 小さい頃から、そうなのでしょうか。
いえ、ちっちゃい頃は、わりと自信があるんですよ。「これが好き!」も、はっきり言える。それがだんだん、言えなくなってしまう。ここが難しいところなんです。
―― どんな自己肯定感が、理想なのでしょう。
小学生の男の子が「俺たち最高!」って言うでしょう。あれは、かわいいけれど、根拠のない自信なんですね(笑)。そうではなくて——
「自分はこれが好きで、ちゃんと努力もしていて、こんなことができる。これはもう、譲れない。そういうものがある。それがいいんだと思うんです」(鈴木教授)
根拠のある、本物の自己肯定感。それを、どう育てるか。先生の答えは、少し意外なものでした。
動画|日本の子どもは、自己肯定感が低い(2:53)
📊 もっと詳しく:数字で見る国際比較は、こちらの記事「日本の子どもの自己肯定感は、世界で最下位?」で解説しています。
自己肯定感を支えているのは、実は「過去」
―― では、その自己肯定感は、どうやって育つのでしょう。
意外に思われるかもしれませんが——「自分の歩んできた道のり」が、すごく大事なんです。
自分がこれまで、どんな道を歩いてきたか。それがちゃんとあって、認識されている。それが、自己肯定感の土台になります。
―― 過去、ですか。
そうです。過去の作品、過去の写真、過去の思い出。それらは、その子の「自己像」——セルフイメージ、自己概念とも言いますが——を形づくる、大切な材料なんですね。
「お金を払っても、買えないものですよね。でも、その子の過去や歴史があって初めて、『自分はこういう人間だ』という感覚が成り立つ。逆に、過去を切ってしまうと、その感覚は、とてももろくなるんです」(鈴木教授)
―― 過去がもろいと、今の自分ももろくなる。
そういうことです。だからこそ、子どもの作品を残すことは、単なる記録ではなくて、その子の“心の土台”を残すことでもあるんですね。
動画|自己肯定感を支える“過去”(2:20)
【実話】過去を消してしまった子に、起きたこと
これは、鈴木教授が実際に立ち会った、忘れられないエピソードです。(※プライバシーに配慮し、内容を一部ぼかしています)
ある家庭で、事情があって、お母さんが「その時期の記憶を、消したい」と思うようになりました。そして、写真も絵も、いっさい残さないと決めたのです。
すると、その子に、思いがけないことが起きました。
もうすぐ小学校、という年齢なのに、「昨日」と「明日」が、分からなくなってしまったのです。
―― 過去を消したことと、関係があるのですか。
あると思います。過去を全部消してしまうと、時間の感覚が、うまく繋がらなくなってしまう。「昨日こうだったから、明日はこうしたい」——その糸が、切れてしまうんですね。
園の先生たちは相談して、ある取り組みを始めました。その子が描いた絵を、先生が大切に保存する。そして「明日は園で、何をしようか」と、一緒に相談する。
すると、どうなったか。
「バラバラだったものが、パタパタッと繋がっていったんです。過去と、未来と、今の自分が、ちゃんと繋がる——それが、その子の人生にとって、どれほど大事か。思い知らされました」(鈴木教授)
子どもは、忘れてしまうように見えて、見れば、思い出す。「あんな絵を描いたな」「こんな遊びをしたな」。その一つひとつが、その子の自信を、少しずつ支えていくのです。
作品を残すことは、子どもが「昨日の自分」と「明日の自分」を信じられるための、大切な手がかりなのですね。
動画|過去を消した子の話(2:45)
なぜ“今”なのか——10年後の「思春期」に効いてくる
―― 小さいうちに残しても、子どもは忘れてしまうのでは、とも思います。
いい質問です。でも、効いてくるのは、ずっと先なんですよ。特に、思春期です。
脳の発達で見ると、こうなんです。
- 4歳頃まで … 頭の中は「写真」でいっぱい。映像で記憶しています。
- 4〜5歳 … 「絵の記憶」から「言葉の記憶」へ、切り替わっていく。
- 思春期(中学生頃) … 脳がもう一度変わって、過去の記憶を“分類・整理”したくなる。
―― 思春期に、記憶を整理する。
そうなんです。それまで順番にしまってきた記憶を、いったん全部出して、並べ直す時期なんですね。中学生がやたら眠いのも、実は寝ている間に、脳が記憶を整理しているからなんですよ。
面白いのが、思春期って、カッカするでしょう(笑)。あの「カッとする」部位の、ちょうど隣に、記憶の部位があるんです。だから私は、「カッカしてるのは、記憶の力を上げてるんだな」と思うことにしています(笑)。
―― その“整理”の時期に、幼い頃の思い出があると。
大きいんです。反抗期の子が、ふっと素直になる瞬間があるでしょう。そんな時に、幼い頃のアルバムや作品を、一緒に開いてみる。すると、すっと心に届く。
「人生の転換期や、壁にぶつかった時。『あの頃は大変だったけど、よくここまで来たな』——そう思えるための手がかりが、財産であり、武器になるんです。だからこそ、楽しい思い出は、たくさんあった方がいい」(鈴木教授)
今日残す一枚が、10年後の思春期のわが子を、そっと支えるかもしれない。そう思うと、あの“捨てられない気持ち”の意味が、少し変わって見えてきませんか。
動画|思春期にこそ効く(4:31)
「残す」ことは、心の土台を残すこと
ここまでの話を、ひとつに束ねると、こうなります。
- 自己肯定感は、これからの時代を生きる、いちばん大切な力。
- それを支えているのは、その子の「過去」。
- 過去が、今と未来に繋がっている子は、強い。
- そして、その過去を残す手がかりが、作品であり、思い出。
子どもの絵を残すことは、片づけの工夫ではありません。その子が「自分は自分でいい」と思える、心の土台をつくる営みなのです。
あわせて読みたい:▶ 関連記事「絵でわかる、子どもの成長のサイン」
私たちキッズアートにできること
ここからは、少しだけ私たちの話を。
キッズアートは、かさばる・劣化する・捨てられない子どもの作品を、「誇れる形」に変えて未来へ残すサービスです。特に——
- 📖 アーティストブック(作品30点を一冊に、キャンバス地で飾れる)は、時系列で“育ち”がひと目でわかる形。「こんなに大きくなったね」を、親子でいつでも見返せます。
- これはまさに、鈴木教授の言う「過去を残して、自己肯定感を深める」を、そのまま形にしたものです。
- ☁️ クラウド保存(保存期限なし)で、遠くの祖父母ともシェア。🕊️ 原本は、返却 or 供養(お焚き上げ)。捨てるのではなく、丁寧に送り出します。
捨てられないなら、誇れる形に変えてしまう。
家の中に、“その子だけの小さな美術館”をつくる、という選択です。
作業はすべて、兵庫県西脇市で完結(国内一貫・海外委託なし)。
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あわせて読みたい:▶ 関連記事「キッズアートの本、いつ・何冊つくればいい?」
よくある質問(FAQ)
Q. 子どもの絵を残すと、本当に自己肯定感が育つのですか?
A. 鈴木正敏教授(兵庫教育大学)によれば、自己肯定感の土台は「自分の歩んできた過去」です。作品や思い出が残っていることで、「自分はこういう人間だ」という感覚(自己像)が安定し、自己肯定感が育ちやすくなります。
Q. 日本の子どもの自己肯定感は、なぜ低いのですか?
A. 国際比較調査で、日本の子どもは自己肯定感が際立って低く出ます。小さい頃はあった自信が、成長とともに「得意」を言えなくなっていく傾向があります。(くわしい数字は、関連記事「国際比較」で解説しています。)
Q. 何歳の作品から残すのがいいですか?
A. 幼児期は絵を描くことが最も自然な時期なので、早いほどおすすめです。ただし成長とともに表現は変化し続けるため、時系列で残していくことに意味があります。
Q. 残した作品は、いつ役に立ちますか?
A. 特に思春期です。脳が記憶を整理し直すこの時期に、幼い頃の楽しい思い出や作品が、心の支えや自己肯定感の回復に役立つと考えられています。
おわりに——鈴木教授からのメッセージ
インタビューの最後に、鈴木教授から、作品を大切にしたい親御さんへ、ひとこといただきました。
「お子さんの人生を、いつか振り返ることができる。それがいかに大切なことか、いかに幸せなことかを、心に留めて、お過ごしください」(鈴木教授)
冷蔵庫のあの一枚は、ただの落書きではありません。今しか描けない、その子の“今”であり、未来のその子を支える、心の土台なのです。
インタビュー全編(編集版)
先生のお人柄が、いちばん伝わるのは、やっぱり動画です。もっと深く知りたい方は、ぜひどうぞ。
見どころ:自己肯定感とは/過去が支える/【実話】過去を消した子/思春期と記憶 ほか(1:06:30)
取材協力・監修
鈴木 正敏(すずき まさとし)教授
兵庫教育大学大学院 学校教育研究科 小学校教員養成特別コース。専門は幼児教育・多文化教育。米国での研究歴を持ち、兵庫県内の保育所・こども園・幼稚園で長年にわたり実践指導を行う。3児の父。
※本記事中のコメントは、2026年7月に実施したインタビューに基づき、読みやすさのため一部を編集しています。